生物に寿命があるように、事業にも寿命=事業ライフサイクルがあります。
経済産業省の調査によれば、1980年代にはヒット商品の製品ライフサイクルは3~5年以上ありましたが、現在では1~2年未満にまで短縮されてきています。事業ライフサイクルについても、年々短縮化、陳腐化のスピードが早くなってきており、Apple、Microsoft、Google、Facebookなどの圧倒的勝ち組企業であっても危機感を隠そうとしていません。
ただし、生物の寿命と異なるのは、企業の場合、その寿命を延ばしていくことができることです。企業の生存年数を左右する要因には、技術の進化、ライバルとの競争、破壊的イノベーションの導入、市場環境の変化などがありますが、衰退していく旧事業に代わる新事業を育てていき、新しい事業ライフサイクルの波に乗り移っていくことで克服することができます。それは、さながら細胞組織の新陳代謝のようなものと言えるでしょう。
それでも、倒産や廃業をする会社が多いのは、日本の場合、特に経営者の高齢化という課題があります。現在、日本の経営者の全体に占める割合でもっとも多い年齢層は60歳~64歳となっており、70代も過去最高の高い割合となっています。経営者の高齢化に伴い、モチベーションが減退したり、後継者がいないなどの問題が増えてきています。日本には 約400万社の企業があり、その大半はオーナー経営者であることから、「社長の引退時期=会社の寿命」と重なることが多くなっています。
その一方で、日本でもM&A(企業の合併と買収)によって事業を拡大していく経営モデルも珍しくなくなってきました。いまではグループ全体の売上高が 8兆6千億円を超す「ソフトバンク」も、資本金1000万で1981年に創業し、1994年7月に株式公開をした後、柔軟な資金調達によって積極的にM&Aを行うことで、事業を拡大してきました。
(ソフトバンクグループが買収してきた主な企業)
1994年3月 ・・・・ 米コンピューターソフト会社、フェニックステクノロジーズを3000万米ドルで買収
1994年11月 ・・・ ジフ・デービス・コミュニケーションズから展示会部門を200億円で買収
1995年2月 ・・・・ 世界最大のコンピューター見本市「コムデックス」を運営するインターフェイス・グループから同展示会部を800億円で買収
1995年11月 ・・・ コンピューター関連出版最大手の米ジフ・デービス・パブリッシングを2100億円で買収
1995年11月 ・・・ 米ヤフーに200万ドルを出資
1996年1月 ・・・・ 日ヤフーを米ヤフーと共同で設立
1996年3月 ・・・・ 米ヤフーに6375万ドルを追加出資
1996年6月 ・・・・ 豪ニューズ社と合弁会社を設立し、旺文社メディア(100%)を417億円で買収、全国朝日放送の筆頭株主(21.4%)に
1996年8月 ・・・・ 米パソコン用メモリーボード大手のキングストン・テクノロジーを15億800万ドルで買収
1996年12月 ・・・ トレンドマイクロに35億円を出資(35%)
1997年3月 ・・・・ テレビ朝日株式を間接保有するソフトバンクと豪ニューズ社の折半出資会社ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの全株式を朝日新聞社に売却
1998年7月 ・・・・ 米ヤフーに345億円を追加出資
1998年7月 ・・・・ 米Eトレードに565億円を出資(27.2%)
1999年7月 ・・・・ 96年に買収した米キングストン・テクノロジー株式を創業者に売り戻す(4億5000万ドル= 547億円)
1999年9月 ・・・・ ソフトバンク・ファイナンスを通じて、米投信評価大手のモーニングスターに資本参加(9100万ドル= 111億円)
2000年1月 ・・・・ アリババ・ドット・コムにおよそ2000万ドルを出資すると報じられる
2000年6月 ・・・・ 米Nasdaq、大阪証券取引所とナスダックジャパンを設立
2000年9月 ・・・・ オリックス、東京海上などと組み、日本債券信用銀行を買収、48.88%を出資
2001年7月 ・・・・ 東京めたりっく通信を45億円で買収
2003年9月 ・・・・ あおぞら銀行(旧 日本債券信用銀行)の持ち分(48.88%)を1011億円で米サーベラスに売却
2004年7月 ・・・・ 日本テレコム(売上高 3472億円)を1433億円で買収
2004年11月 ・・・ 福岡ソフトバンクホークスを200億円で買収すると基本合意
2005年2月 ・・・・ ケーブルアンドワイヤレスIDC(売上高 713億円)を123億円で買収
2005年2月 ・・・・ ソフトバンクインベストメントが増資、連結子会社から外れる(出資比率が46.9%から38.9%に低下)
2005年10月 ・・・ Tao Bao Holding limited 株式を417億円で売却
2006年3月 ・・・・ ボーダフォン日本法人(売上高 1兆4700億円)をヤフーと業務提携して1兆7820億円で買収
2006年11月 ・・・ ソフトバンク、ニューズコーポレーショングループ、合弁会社マイスペースの設立合意
2008年4月 ・・・・ 日本テレコムインボイス(売上高 148億円)を255億円で買収(出資比率 14.9% → 100%)
2010年8月 ・・・・ ウィルコムとスポンサー契約を締結
2012年10月 ・・・ イー・アクセス(売上高 2047億円)を1800億円で株式交換により完全子会社化。ソフトバンクモバイルとイー・アクセスが業務提携
2013年4月 ・・・・ ガンホー・オンライン・エンターテメント(売上高 258億円)を249億円で子会社化
2013年7月 ・・・・ 米携帯電話3位のスプリント(売上高 3兆4000億円)の株式の78%を1兆8000億円で買収
2013年11月 ・・・ フィンランドのモバイル端末向けのゲーム事業(売上高 105億円)を展開するスーパーセル株式の51%を1514億円で買収
2014年1月 ・・・・ 携帯端末の卸売事業を展開する米ブライトスター(売上高 625億円)の全株式を1100億円で買収
2014年9月 ・・・・ アリババグループ・ホールディングがニューヨーク証券取引所に上場し、約8兆円の含み益となる
2014年11月 ・・・ インド通販大手のスナップディールに680億円を出資
ソフトバンクにはいくつかの象徴的な投資案件があります。ヤフーへの出資が通信事業者としての地歩を固めることにつながり、それがボーダフォン買収を呼び込み、アリババへの出資が膨大な含み益を生み、それが米Sprint買収につながっています。こうしてそれぞれは関連し合い、先々の事業へとつながっているのです。
M&Aの利点は、ビジネスをゼロから育てていく時間を省いて、有望事業のノウハウや顧客などを取り込めることにあります。反面、買収先との人間関係が難しいなどの理由で、日本の企業風土に馴染まないと指摘されることもありましたが、いまは終身雇用の時代ではなくなっていることから、M&Aを肯定的に捉える風潮が濃くなってきています。
今後、M&Aは、スモールビジネスにも広がっていくことが予測されています。背景にあるのが、冒頭の「製品・サービスのライフサイクルの短縮化」に対応していくために中小企業であってもより機動性の高い経営を行っていく必要があること、またクラウドファンディング等に象徴される「資金調達方法の多様化」の流れによって投資家からの資金を調達しやすくなってきたこと、さらに先述の「経営者の高齢化に伴う事業承継の増加」が挙げれます。
銀行等からの借入とは違い、投資家からの出資に対しては、銀行債務の返済のように、あらかじめ還元方法が決まっていません。投資家の期待に対して、どのように投資リターンでもって応えていくのかについては、経営者側がビジョンを描き、説明することが求められます。投資家が経営者に期待するゴールには、株式上場まで行かなくても、軌道に乗り始めた事業を他社に売却して、短期でキャピタルゲインを得ることもあります。
上記は2014年新規上場企業数とM&A件数との比較です。単純に数を並べただけですが、投資家にとって資金回収の出口の数、つまり選択肢が上場以外にもこれだけあるということです。投資家の選択肢を増やすという目的だけであっても、M&Aによる「出口戦略」によって企業価値を高めることができるのか検討してみるべきでしょう。また、あくまで上記のM&A件数は中堅以上の公表された案件のみの件数のため、中小企業のM&Aの実態は、相当数になってきていると考えられます。
経営者にとっては、自分の事業を自ら長く存続させていくことが理想かもしれませんが、状況によっては、「売却」もできる出口戦略を用意しておくことが、投資家や金融機関からの評価を高めることになります。また事業譲渡によって買収先に経営が引き継がれた際には、既存取引先との関係、従業員の雇用を守ることにも繋がり、次の事業に進んでいくためにも、リタイア後の充実したセカンドライフにもプラスになるでしょう。さらに買収側、売却側双方にとっても、また対象事業にとっても、ひとつの出口戦略は新しい戦略の始まりを意味しています。
そこで重要になるのが、どんなビジネスが高く評価されるのかという特性を把握しておくことです。売上が数億円あっても買い手が付かない事業もあれば、売上がゼロでも、大手企業から莫大な金額で買収されるスモールビジネスもあります。
M&Aで買収側企業に評価される企業、事業の特徴はおおよそ下記のいずれかの類型に分けられます。
①優秀な人材型
優秀な人材を抱えている企業は当然魅力があります。
ここでいう優秀とは、容易に模倣できないNo.1技術、サービス、ノウハウなどを持っているということです。
競争に強いというより、競争すら必要としないレベルでの技術、サービス、ノウハウを持っているチームであれば、販路を確保している企業との相乗効果によって大きな飛躍が見込める可能性があります。この類型の場合、既に商品化できており、少ないながらも販売実績があるかどうかも重要になります。
②特定顧客層へのリーチ型
例えば20代前半の女性からの強い支持を受けている、美容室500店舖にサービスを導入している、大手機械メーカーに特定部品を納入している、店舗の立地が良い、ユーザー数が多いなど、特定の顧客との密接なつながりのある企業は、その市場に参入したい企業から高く評価されます。
③安定収益型
継続的な収益が将来的に安定して得られることが予想される企業は価値がつけやすいといえます。M&Aが成立した際に双方のメリットが大きいケースとしては、譲渡される事業が事業自体の収益力はある(つまり営業利益はでている)が、債務過剰のため返済負担などでキャッシュフローが悪化しており、追加での資金の調達ができず拡大が見込めない場合などに、買収側企業の健全な財務力によってマイナス面が解消されることによって、生産性が向上するケースなどがあります。
まずは自社の価値を経営者自身が把握し、短期的な収益増を追いかけるだけではなく、自社のビジネスモデルを強化していく取り組みが必要となります。またM&Aによる事業の拡大だけではなく、機動性の高い経営を行っていくために自社の強みが十分に活かせていない部門については事業の売却を通じて、より将来性の高い部門への資源の再配分を検討することも必要です。
現代の経営者には、事業ライフサイクルの波を自在に行き来しつつ、それと同時に将来の核となる企業能力を入念に育てていける広い視野と深い洞察力、構想力、そしてここぞというときの思い切りの良さが求められています。