“未来の展望や可能性について考えていると、人類史上最もペースが速く最も刺激的な、輝かしき新時代が、今まさに始まろうとしていることに気づく。これから、私たちは、過去のどの世代よりも多くの変化を、より速いペースで経験することになるのだ。 ”
エリック・シュミット (Google会長)
“断言してもいいだろう。戦略転換点という死の谷を通ることは、組織が耐えなければならない試練のなかでも最大のものだ。けれども、10Xの力が降りかかってきた時に選べる道は、変化に立ち向かうか、必然的な衰退を受け入れるか、二つに一つだ。まさに選択の余地はないのだ。”
アンドリュー・S・グローブ (元インテルCEO兼会長)
2025年、世界人口80億人のほとんどがインターネットにつながり、2030年に人工知能は人間の知能を超え、さらに2045年には世界のロボットの数が人類の全人口を上回ると予測されています。
まるでSFのような話ですが、人工知能 = AI が人間の知能を超える時点はシンギュラリティ(技術的特異点)と呼ばれ、実際にいま有識者、科学者たちの間で真剣に議論されており、グローバル企業はAI関連技術の開発を積極的に進めています。
出所 TIME 2045: The Year Man Becomes Immortal
これらの予測の理論上のバックボーンとなっているのは、「ムーアの法則」と呼ばれている法則です。
ムーアの法則とは、インテルの創業者の一人であるゴードン・ムーア博士が1965年に提唱した経験法則で、「集積回路上のトランジスタ数は18か月ごとに倍になる」というもので、つまり「コンピューターの性能は18か月ごとに倍になる」という法則です。この法則を現在開発が進められているAI(人工知能)テクノロジーに応用することで、シンギュラリティの実現が予測されています。
さらに現在、AI以外にも様々な技術の急速な発展が進んでいます。
EasyMile オランダでは公道を走る完全無人運転のシャトルバスがスタートする。自動運転車の実用化第1号となる。
各種統計報告においても2030年までの15年でいくつもの巨大市場が生まれる、もしくは既存市場と入れ替わることが予測されています。
<IoTの市場規模予測(日本)>
2014年 9兆3,645億円
2019年 16兆4,221億円
出所 IDC Japan 2015/2/5
<ドローンの市場規模予測(日本)>
2020年 約200億円
2025年 約440億円
2030年 1,000億円超
出所 日経BPクリーンテック研究所 2015/6/30
<AI関連産業の市場規模予測(日本)>
2015年 3兆7,450億円
2020年 23兆638億円 (年率 +43.8%)
2030年 86兆9,620億円 (年率 +14.2%)
出所 EY総合研究所株式会社 2015/9/15
<再生医療の市場規模予測(日本)>
2020年 1900億円
2030年 1兆6,000億円
2050年 3兆8,000億円
出所 経済産業省 2013/2/23
<自動運転車の販売台数予測(世界)※>
2025年 1,450万台 (新車販売台数の13%)
2035年 3,040万台 (同 25%)
※完全自動運転・部分運転含む
出所 ボストン コンサルティング グループ 2015/1/9
かつてインテル創業者の一人であるアンドリュー・S・グローブは、80年代における日本企業との半導体市場での熾烈な価格競争や、メインフレームからパーソナル・コンピューターへの移行に伴う業界構造の急変化、またインターネットの登場が企業に与える急激な影響を「10Xの力」と表現しました。そして「10Xの力」によって、さまざまな力のバランスが変化し、これまでの構造、これまでの経営手法、これまでの競争の方法が、新たなものへと移行していく時を「戦略転換点」と呼びました。
今日、テクノロジーの進化にともなって、「10Xの力」が前例のない規模で企業に影響をあたえようとしています。
例えば、「書店にとってのAmazonの脅威」のようなケースが、あらゆる業種で起きる可能性があることを想定しておくことが必要となります。いま予測されている多分野にまたがるテクノロジーの進化は、同時併行して様々な業界に頻発的に、また突発的な急変化をもたらします。その変化が市場に与えるインパクトはインターネットの普及による変化を上回る可能性もあります。
ひとたび、ある産業に10Xの力が働きはじめると、いわゆる業務改善による既存モデルの効率化だけでは環境変化のスピードに対応することはできません。産業構造を揺るがす急激な変化に対応するためには抜本的な戦略の見直し、つまり「戦略転換」が必要となります。
いま進行しつつある変化に適応していくために、特に重点的に検討が必要なポイントが次の三点です。
これから予想される急激な市場の変化に対応していくためには、企業は顧客、従業員、ステークホルダーとのコミュニケーション、価値創造の源泉となる知的資産の蓄積、変化に積極的に対応していくための機動性と柔軟性を強化していく必要があります。
|コミュニケーションを重視する
企業はいま、付加価値の高いサービスを提供していくためには、コミュニケーションを通じて顧客の意思決定、自己実現に深く関与していくことが求められています。
AIまたはコンピューターがいかに進化しようとも、人間同士のコミュニケーションという目的がコンピューターに代替されることはありません。たとえ手段としてコンピューターを使うとしても、最終的に意思疎通し合意するのは当事者である人間同士です。一方、コミュニケーションをともなわない技能、サービスは今後テクノロジーによって置き換えられていきます。 テクノロジーが進化すればするほど、テクノロジーに置き換えられない人間同士のコミュニケーションの質が付加価値としてより重要になってくるでしょう。
音楽業界ではインターネットによる音源のデジタル・ダウンロードへの移行をきっかけに、日本国内の音楽ソフト生産額はピークの1998年6,074億円から、2014年1,965億円と減少を続け、市場は半分以下に縮小しました。一方、1998年にはCDの売上と比較すると1/5以下だったライブ、コンサートによる興行収入は現在CDの売上に迫る勢いで伸びています。
マドンナ、U2などトップミュージシャンと次々に契約を結び、日本でもレディー・ガガのライブを開催した、ライブ・ネイション社はCDの新曲パッケージをライブチケットにつけて無料配布するなど、パッケージをライブの宣伝に使い、従来と全く逆のマーケティングを行い興行を成功させ、エンターテイメントのライブ優位時代を代表する企業となっています。アイドルグループAKB48は、さらにパッケージに握手券という体験価値をつけることによって、普通は一枚しか買わないパッケージを複数買いさせ、売上ランキングの上位を獲得しニュースバリューを生むという、戦略的な成功パターンを生み出しました。
一度きりの体験だから買う。一回しか会えないから、何枚でも買う。体験と希少性という価値を活用しパッケージの価値や売り方そのものを変えています。
従来のCDの販売においては、売り手側がスケジュールから内容までコントロールしていましたが、コミュニケーションを重視するライブ・ビジネスにおいては、顧客の反応も見ながら柔軟な対応が求められます。マーケティングにおいてもライブ同様に顧客の反応を素早く取り入れることが競争優位の獲得につながっています。
|知的資産の蓄積を重視する
IoTの進展にともない「市場知」や「製造知」を、いかに「モノ」に埋め込めるかといった、「知識製造業」化がより重要な経営課題になってきています。
今後、ありとあらゆるものがインターネットとつながり、コンピューター化していきます。
電話、書籍、時計、家電、車、家、衣類、日用品…
モノそのものの製造技術の優劣ではなく(モノの製造技術には既にアウトソーシングで容易にアクセスできる)、モノにどのような知識、データをもたせるのかということが、差別化の要因となります。
例えば、シャツとコップが医療システムに接続され、使用者の健康状態を医療システムで常時モニタリングし、必要に応じてコップから適量の薬を処方する、バーチャル病院として機能するというようなことが普通になってくるのです。
この場合、付加価値を生み出すのはシャツ、コップの製造能力ではありません。シャツ、コップを通じてやりとりされる情報の質と、サービス提供者の持つ医療データベースが付加価値を生み出します。
顧客、ステークホルダーとのコミュニケーションの積み重ねがデータの蓄積につながり、そのデータの蓄積が付加価値創造、知識創造の知的源泉となります。さまざまなデータをビッグテータとして収集し、顧客ごとにデータに基づいた提案をする1to1マーケティングが主流となっていきます。
東京都港区の梱包材販売業、スターウェイ株式会社は梱包材販売における輸入低価格品との価格競争を避け、自社のリユース梱包材を使って電機メーカー等顧客と効率的な物流システムを構築することで付加価値を高めています。特にICチップとインターネットを駆使した環境対応物流管理システムは、製品の出荷から再資源化までを一元管理する循環型システムとなっており、CSRへの取り組みを強化したい大企業に対してコンサルティングを行い、さらに荷動きをデータベース化し顧客に具体的な数値情報として提供することで顧客側の物流コストの管理、さらにはISO14001等の認定基礎資料作成の支援にもつながっています。
|機動性と柔軟性を重視する
激しい変化の荒波を乗り越えていくために、自社のコア能力を保持しながらも環境の変化に適応していく、機動性と柔軟性の高い意思決定、財務力が必要となります。もはや、変化は決して例外的アクシデントではなく日常となりつつあります。企業は安定性が高くても硬直化した組織、財務体質では変化に対応することができません。
中小企業は、たとえ変化を自ら主導しないとしても、変化に積極的に対応できる機動性を備えておく必要があります。このとき、突発的な事態に備え、財務の堅牢性も兼ね備えておくことにも注意を払う必要があります。
|何を検討すべきか
コミュニケーション、知的資産の蓄積、機動性と柔軟性、これらの企業能力を高めていくために
企業は何を検討すべきかについて「戦略」「財務」「オペレーション」の三つの視点でまとめると以下のようになります。
◆戦略面で求められる対応
<検討すべきポイント>
・コミュニケーションの質を重視する
{顧客との密度の濃いコミュニケーション、交渉によるアライアンスの合意、アカウンタビリティー(説明責任)}
・データの収集、蓄積を促す
・既存事業に縛られず機動性のある柔軟な意思決定を行う
(個別具体的なルールではなく、理念または原理原則に基づく判断)
<推奨されるアクション>
①戦略のチェック、再検討、見直しを継続的に行う
②ビジョン、思想、哲学、価値観、体験に基づくサービスを強化する
③知的資産を重視した経営を行う(富の源泉となるのは知識創造能力、データ資産)
④収益性の低い事業から、高い事業に経営資源を再配分する(M&Aによる撤退、買収を含む)
⑤景気後退期の積極的買収を検討する
⑥重要な変化のシグナルか、ただのノイズか見分けるために、広く深く議論する
◆財務面で求められる対応
<検討すべきポイント>
・バランスシート(資産構成)の柔軟性を高める
<推奨されるアクション>
①現預金残高を高く保つ
②在庫、売掛金を圧縮する
③固定資産の流動化を検討する
④好況期からの複数の銀行、投資家と積極的に関係をつくる(後退期に慌てて取引開始しない)
⑤債務比率を機会とリスクに応じてコントロールする
◆オペレーション面で求められる対応
<検討すべきポイント>
・運営面の柔軟性を高める
<推奨されるアクション>
①現金創出力を重視する
②経費の流動性を高める
③アウトソーシングを積極的に活用する
④販売管理費を削減する
⑤一律の経費削減を行わない(メリハリのある投資)
参考文献
『第五の権力: Googleには見えている未来』
THE NEW DIGITAL AGE エリック・シュミット、ジャレッド・コーエン 2013
『インテル戦略転換』
Only the Paranoid Survive: how to exploit the crisis points that challenge every company and career アンドリュー・S・グローブ 1996
『知識創造企業』
The Knowledge-Creating Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation 野中郁次郎、竹内弘高 1995
『カオティクス: 波乱の時代のマーケティングと経営』
CHAOTICS: The Business of Managing and Marketing in the Age of Turbulence フィリップ・コトラー、ジョン・A・キャスリオーネ 2009