現代社会は大きな転換点にあります。 いまIoT(Internet of Things = モノのインターネット)やAI(人工知能)などのテクノロジーの飛躍的発展を背景に、従来の経済システムとは異なる新たな経済システム = 共有型経済《シェアリングエコノミー》が出現しつつあります。 IoT(モノのインターネット)によって、あらゆるモノとすべての人がインターネットを通じて直接的に結びつけられようとしています。 人と人、人とモノ、モノとモノ、過去と将来予測、住居、空間、健康、エネルギー、移動、輸送、技術、消費、生産、リサイクルシステム…ありとあらゆるものがネットワーク上でつながり、リアルタイムで様々なビッグデータを供給、取得そして解析し、AI(人工知能)によって最適化され、相互にアクセスし交流する社会が実現しようとしています。 第4次産業革命とも呼ばれる、このIoTの爆発的拡大《IoT革命》によって、社会構造も大きく変わっていくことが求められています。
IoTの普及拡大によってもたらされる経済システムの変化、それにあわせたビジネスモデルの変化、そしてその変化のための戦略と組織について考えてみましょう。
|資本主義経済から共有型経済への転換
資本主義経済とは、所有の囲い込みによる資本の拡大とさらなる競争のパラダイムだといえる。資本主義経済においては、所有権を根拠とした垂直統合型のビジネスモデルが成功を収め、生産力の飛躍的な拡大を実現した。主たるマネジメント方法は、計画・統制・管理といった方法が用いられる。
従来の社会では、経済システムは主に市場型資本主義経済によって運営されています。資本主義経済システムでは、生産手段は資本によって所有され、他の資本との競争を経て資本の拡大を目指します。
その経済システムに最も適合したのは、中央集権的な垂直統合型のビジネスモデルでした。自動車メーカーや電機メーカー、エネルギー企業、製薬会社、運輸会社などが垂直統合型ビジネスモデルを採用し、大きな設備投資を必要とする事業において「規模の経済」を十分に働かせて、圧倒的な効率化と生産性の拡大を実現しました。
しかし同時に、資本主義経済によってもたらされた大量生産、大量消費社会は、地球温暖化、海洋のゴミ問題など生物圏に悪影響をもたらすこととなりました。
また資本主義経済システムは、その圧倒的な効率化と生産性の拡大、技術革新、市場取引による価格競争、さらにいまIoTの普及による《シェア》、《フリー》という概念の広がりによって、製品サービス価格を急速に下げてきています。
そのことによって企業は従来の大量生産、大量消費型のビジネスモデルから利潤を得ることが難しくなってきています。利潤を得るためには、モノの生産、サービスの提供のみならず社会的イノベーション(=社会的価値の創造)を実現していく必要があります。
従来型社会はまず1つは生物圏の持続可能性のため、そして2つめにテクノロジーの進化に合わせてより素早く社会的イノベーションを実現していくために、基本構造の見直しが必要とされています。
共有型経済とは、解放されたリソースへのアクセスによる新たな結合と持続可能なコミュニティ生成のパラダイムといえる。境界をまたぐ越境的コラボレーションによってイノベーションを実現する水平協働型のビジネスモデルが新たな価値をつくり出していくだろう。
IoT革命後の社会は、経済システムは資本主義経済と共有型経済の二つの経済圏が共存するハイブリッド経済となると考えられています。実際に、すでに経済活動の一部は共有型経済に移行しています(辞書市場におけるWikipedia、サーバーOS市場におけるLinuxなど)。
共有型経済システムでは、生産手段は特定の経済主体に占有されず、利用者または参加者によって共同で管理されます。
そのため共有型経済においては、共同管理していくのに適した、ヨコのつながりで広がるコラボレーションに基礎を置く分散した水平協働型のビジネスモデルが中心となっていくと考えられています。
水平協働型のビジネスモデルによって推進される共有型経済システムというコンセプトは、従来型の資本主義経済システムの拡大にともなって表面化した矛盾が引き起こしている「社会的課題の解決」と、「新しい価値の創出」という2つの点において、新たな視点を提起しています。
|モノのインターネットによって解放されるリソース
いま、IoTの普及によって、政府、企業、個人の持つ様々なリソース(資源、私有財産=私有制度によって守られた排他的使用権)が解放されていこうとしています。人々はいままで、必要なモノを必要でない時も含めて所有することによって使用権を確保してきました。しかし今後IoTによって、必要なモノに必要な時にアクセスし最適なタイミングで一時的に使用することが可能になっていきます。 逆に、自ら所有しているリソースを自分が使わない時には、インターネットを通じて必要な人々に開放することによって、余剰キャパシティを有効活用してもらうことができます。 資源(リソース)をいま必要とする人と、いま必要としていない人がIoT(モノのインターネット)のインフラ上で、AIによる最適化を経て、マッチングされ資源の”物質的な”潜在的生産性(フルポテンシャル)が引き出されることとなります。
リソースが解放されることによって、個人または比較的規模の小さい企業も、必要に応じて生産手段にアクセスして活用することが可能になります。IoTのインフラが、生産のためのインフラとしても機能していくのです。3Dプリンターなどの新技術の普及も「生産の大衆化」を後押しし、消費者は生産能力を備えた「生産消費者(プロシューマー)」へと変容していきます。(Youtuberが典型的な例。かつては電波放送局が寡占的にやっていたことを、個人がYouTubeというプラットフォーム上でモバイル通信端末を用いて行っている。)
資本主義経済は、資本による生産手段の囲い込みから始まりました。しかし今、IoT革命によって生産手段を再び手にした個人または小企業は、用途目的にあわせたプラットフォームを形成し、独自の自主的なルールに基づいて協働し始めています。このプラットフォームが共有型経済の基盤となるのです。
Raspberry Pi(ラズベリーパイ)は、ARMプロセッサを搭載したシングルボードコンピュータ。イギリスのラズベリーパイ財団によって開発されている。小型で価格も25米ドルと安価なため、IoTに接続しモノに取りつけられたセンサーと連携して、遠隔制御することも可能。スペックは決して高くないがRaspbian(Unix系)などの専用OSなども充実している。
|エネルギーインターネットがもたらす安価なエネルギー
IoTが社会にもたらす変化はリソースの解放だけではありません。IoTは分散した再生可能エネルギーとも接続され、エネルギーインターネットの構築をもたらします。企業または個人は個別に、自宅の屋根で集める太陽光エネルギー、自社のビルの壁沿いに吹き上がる風、オフィスの下の地面から伝わる地熱、自宅のキッチンでバイオマスエネルギーになる生ゴミなどからエネルギーを採取し、獲得したグリーンエネルギーをインターネットで自由に相互に交換しあい、ほぼ無償に近い安価なエネルギーを自由に利用できるようになります。
再生可能エネルギーに対しては、まだ懐疑的にみる向きも多いですが、再生可能エネルギーの発電効率は指数関数的に高まってきており、電力価格も急激に下がってきています。2040年には世界の再生可能エネルギーの発電量が化石燃料による発電量を含めた全体に占めるシェアは34%に達するとみられています。先進国においては、より高い比率になるでしょう。
ドイツでは再生可能エネルギーの比率を2050年には80%以上に拡大するという意欲的な目標を設定しています。
小型の電力バッテリー、ワイヤレス充電の技術の開発を通じて、IoTデバイスへの電力供給という課題もここ数年で解消されるでしょう。
|金融インターネットによる自由な資金調達
リソースが解放され、安価なグリーンエネルギーを利用できるようになる個人と企業は、さらに現在構築がすすむ金融インターネットとでも言うべきフィンテック(ファイナンス・テクノロジーの略語)に資金供給面でも支えられ、イノベーション活動に注力していくことになります。
フィンテックの普及により企業と個人は信用力に応じて、従来の金融システムの形式にとらわれずに、より自由に資金調達プロセスの設計を行うことが可能となります。資金の需要者(企業家)と供給者(投資家)が直接つながり、既存の仲介者(金融機関)のやり方にとらわれる必要がなくなるためです。
いまは投機商品として注目を集めているビットコインなどの仮想通貨も、本来はインターネット上での安全で自由な資金決済と、国境などの物理的・制度的な境界を越える臨機応変な資金移動(資金供給・資金調達)を可能にする設計思想をもったフィンテックです。
現在、仮想通貨だけでなく、クラウドファンディングやソーシャルレンディング、そしてマイクロファイナンスなど、新興企業による多種多様な金融サービスが立ち上がりつつあります。
日本最大の仮想通貨取引所ビットフライヤー(東京都港区)のWebサイトでは、世界のどこかで送金や支払いなどに実際に使われたビットコインの取引をリアルタイムで可視化したコンピューター・グラフフィックス、「チェーン・フライヤー」を見ることができる。仮想通貨は銀行を介さないP2Pの直接金融を可能にする。現在、ビットコイン以外にもイーサリアムなど924種類の仮想通貨がある(2017年11月3日、現在)。
|3つのインターネットと水平協働型ビジネスモデル
《モノのインターネット》、《エネルギーインターネット》、《金融インターネット》の3つのインターネットのインフラが整うと、既に構築済みのコミュニケーションインターネットとあわさって、いよいよ本格的に共有型経済が実現します。
個人または小企業も「潤沢なリソース」、「安価なエネルギー」、「自由な資金調達」の利用が可能となり組織、業種、業界、国の垣根を越えて必要なリソースに自在にアクセスすることによって生産力を獲得し、自らのビジョンの実現と社会的課題の解決に同時に取り組んでいくことになります。
3つのインターネット・インフラを通して、分散した資源・エネルギー・資金にアクセスして、越境的に新たな価値を生み出していくために、最適なビジネスモデルが水平協働型ビジネスモデルです。 水平協働型ビジネスモデル企業は、社会的課題の解決のために、自社のバリューチェーン(価値連鎖)とケイパビリティ(企業の組織的遂行能力)を所有に縛られずに社外資源に越境的にアクセスすることによって、臨機応変に編集、再合成します。 垂直統合型企業が長期所有による巨大な設備投資の回収という前提条件に縛られているのに対して、水平協働型企業はアウトソーシング、シェア、素早い参入と撤退、ライセンス、オープンソース、フリー、クラウド、提携、資本参加、ジョイントベンチャーといった手法を駆使して自由に外部資源にアクセスすることによって、スピーディーに環境変化に適応することができます。
水平協働型企業群は分散・協働・水平展開というインターネットの特性と親和性の高い構造をつくり、インテグレーション(統合)とアンバンドリング(分離)の組み合わせによって自社の戦略を決定する。
水平協働型企業は、越境的コラボレーションを繰り返しながら、自らのケイパビリティ(企業の組織的遂行能力)もたえまなく編集、再合成し、それぞれが多様な社会関係性のネットワークにおけるひとつの結節点(ノード)として機能します。
|持続する優位性よりも継続的なアップデート
共有型経済が実現するにつれて、企業は外部の資源を一時的に借用《シェア》して活用する機会が増えてきます。企業の資源も外部に対して、より開放《オープン》されていくことになるでしょう。
企業はいままでは自社固有の資源の活用と強化を図り、他社との差別化を図ってきました。独自の資源をより強みが発揮できるよう足場を固め、競争力を育み、参入障壁を築いて他社を寄せ付けないようにしていました。このような垂直統合型の戦略は、「持続する競争優位」というコンセプトと結びつけられ、長らく経営戦略の中心に位置付けられてきました。
しかし「持続する競争優位」というコンセプトはいま、IoTの実現によって「アクセスによる継続的なアップデート」へと主役の座を譲ろうとしています。
「所有からアクセスへ」と経済活動の軸が移ろうとしている中で、企業はどのように戦略を組み立てていけばよいのでしょうか?
物理的にモノを生産することを通じて価値を生み出すことが難しい状況の中で、いかにして企業は価値を創造していけばよいのでしょうか?
|変化を常とする、シミュレーションの戦略
ここにひとつの戦略コンセプト、《シミュレーショニズム》を紹介しましょう。
シミュレーショニズムは、1980年前後の前衛芸術とクラブミュージックによって具体化された表現形式であり思考体系です。
優れた芸術や音楽は、社会の未来の姿を先取りしていて、そこには現代社会が抽象化された形式を垣間見ることができます。創造するという行為の根源的な形がそこにはあるからでしょう。
1970年代の後半までに、絵画や彫刻といった近代芸術の根幹をかたちづくる表現形式は、あらゆる表現が試み尽くされ、もはや絵を描いたり石を刻んだりといった原初的な行為を通じては、すでに誰かが試みたことの二番煎じとなってしまい、真にオリジナルな作品を創造することは不可能ではないかと思えるようなところまできていました。
音楽も同様に、あらゆるコード進行とメロディーが出尽くし、どの曲もかつてどこかで聞いたことがあるという感覚を抱いてしまうという状況でした。
そのような中、突如新しい表現の潮流がジャンルを越えて現れてきました。
それらの表現方法は
「シミュレーション(模擬実験)」、
「アプロプリエーション(盗用)」、
「サンプリング(標本抽出)」、
「エディット(編集)」、
「リミックス(再合成)」
などと呼ばれ、既存の作品を大胆に分解、流用し、新たに組み合わせ、編集をおこない自らの表現として再構築するというものでした。これらの手法は、複製技術の進歩にともなって(カメラ、コピー機、レコードやカセットテープ、データ転送、変換など)、様々な表現ジャンルで同時多発的に現れてきました。
シミュレーショニズムの手法は、オリジナルの持つ“唯一性”というジレンマ、歴史的正統性といった閉塞感を打ち破り、リソースを解放しようとするマイノリティーの主流に対するアンチテーゼだったといえます。マイノリティーがゆえに既成概念にとらわれず、急速なテクノロジーの進化にともなって生まれつつあった新しい物事のとらえ方、視点を自由に表現できた結果であるともいえるでしょう。
シミュレーショニズムは、オリジナルの不可侵性を軽やかに乗り越え、歴史的必然性などの“しがらみ”を相対化し、操作対象となる既存の作品を絵具や画材、楽器などと同じひとつの素材として実際的に活用し、従来とは全く異なるコンテクスト(文脈や背景)に流し込んでしまいました。そして、少しずつ変化しながら反復を繰り返すことによって強度と精度を高めていきました。
マイク・ビドロのアトリエ。巨匠たちの代表作が「アプロプリエーション」され所狭しと無造作に並び、ありえない光景をつくりだしている。マイク・ビドロは世紀の大名画を絵具やキャンバスと同じ「素材」として扱うことに成功した。ビドロはオリジナルとコピーとの間にある社会関係性を作品にしたといえる。代表作はThis is not a Picasso(これはピカソではない)。
シミュレーショニズムの越境的な戦略が最も顕著に具現化されたのが、音楽の領域です。音楽は表現の中で最も、新しいテクノロジーに対して積極的にその可能性を取りこもうという意欲の高い領域で、テクノロジーの進化の影響が大きいためでしょう。
いまでは私たちが日頃耳にするほとんど全てのポピュラーミュージックがサンプリング・ミュージック(つまりシミュレーション)だと言っても過言ではないほどです。
80年代から少し遡り、1968年頃、ジャマイカのサウンド・エンジニアであるキングタビー(King Tubby)が、サウンド・システム用のボーカル抜きのトラック(バージョン)を製作する過程でダブという手法を偶然発明しました。
ダブは原曲のリズムを強調してミキシングし、エコーやリバーブなどの音響効果を過剰に施すことで、原曲とは全く別の作品に作り変えて(つまりリミックスによって)、新しいサウンドを生み出し聴衆と共有しました。
このダブに見られる「編集による創造」という概念は、70年代後半あたりからニューヨーク、シカゴでのハウスミュージック、デトロイトのテクノ、ロンドン、ドイツ、日本、さらにヒップホップなど各地の主にダンスミュージック・カルチャーと結びついて、さらに先鋭化されラディカルな表現手法として結実、発展していきました。
新たなサンプリング・ミュージックの一連の「編集」の過程では、サウンドの変換を通じて「連続的な新結合」が行われ、そこには異質なものが鮮明に組み合わされることで生まれる新しい感覚がありました。
また、それらのサンプリング・ミュージックは単に斬新なサウンドというだけでなく、サンプリングの過程で過去の音源を再発見し、新しいサウンドとして蘇らせる温故知新的な側面もありました。
シミュレーショニストたちは過去の音源をサンプリングし加工して、新しいサウンドを生みだした。シミュレーションの編集的方法は著作権の扱いなどについて賛否両論を呼び起こした。同時期から、同様の論争がコンピューターソフトウェア、プログラムのソースコードの取り扱いにについてソフトウェア企業とプログラマたちの間でも繰り広げられている。
DJはレコードプレーヤーとミキサーで曲の断片をつなぎあわせて刻々と変化する反復的なリズムを刻み、サンプリングによって借用されためくるめく色彩の視覚的なサウンドで空間を包み込む。強烈な低音によってサウンドは肉体性を獲得し、過激な電子信号と視覚イメージが感覚を直接刺激することで、群衆を歓喜へと導きました。
DJが生み出す変化し続けるグルーヴ《ゆらぎ》はフロア《場》との相互作用によって有機的に発展し、そのことが一体感のある共有された新しい音楽体験《エクスペリエンス》を次々と生みだしていったのです。
Technics SLー1200mk2(1981年頃)。レコードプレーヤー、ターンテーブル。世界中のクラブでDJミックスのための楽器として使われ数々の伝説的瞬間を支えた名器。本来オーディオ機器であったターンテーブルが意図せざる用途で利用され、見事に転用、転換、昇華された。
いまIoTによって潤沢なリソースが解放されようとしています。
私たちは今後、IoTの実現によって、より自由に潤沢なリソースにアクセスすることが可能となります。また共有《シェア》という概念もより一般的になり、権利関係の諸問題も整理されていくことでしょう。
私たちはシミュレーショニズムの3つの認識論的切断の戦略、「サンプリング」、「カットアップ」、「リミックス」を用いて解放された潤沢なリソースを編集、再生し変化を与え続けることでリソース間の相互作用を促進し、社会的価値を創造していくことができるでしょう。
|サンプリング2.0
“ピカソは「優れた芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む」と言った。だから僕たちは、偉大なアイディアを盗むことに関して、恥じることはなかった。”
これは、Appleの創業者、スティーブ・ジョブズがインタビューで語った言葉です。彼自身、多くの先人達からアイディアを得て、Macintoshを完成させました。例えば、あの画期的なクリックするマウスも元々はAppleではなくXerox(ゼロックス)が開発したものでした。Xeroxが使わなかったマウスを、ジョブズはタダ同然で貰い受け、それをMacintoshに組み入れたのです。
サンプリングは、既存の製品またはサービスの一部を標本として取り出し、それを新たなコンテクスト(文脈)の中に接合することによって新しい価値を生みだします。また、サンプリングは繰り返し反復、転用されることによって、元々のオリジナルが持っていた原意味を脱構築します。オリジナルの持つ唯一性は幻想のように霧散し、一部の機能・プロセスがひたすら繰り返されることとなります。そして、サンプリングが繰り返されることによって、元々の製品・サービスの効果、便益の“特定の一面”が増幅、強化されます。
例えば、新たに寿司店を開業する際に、かつては寿司職人として10年以上修行した職人が、親方に認められて後に独立という流れが一般的であったでしょう。しかし、おそらく今後は超一流の寿司職人のつくる寿司をサンプリングし、味覚、感触、匂い、温度などをコンピューターが完全に再現し、そのソフトウェアを店舗にアップデートすることによって誰でも即時に開業することが可能になるでしょう。
果たして、このような寿司店を良いと思うか、悪いと思うかは別として、将来的にはテクノロジーの進展にともなってそのような店舗づくりも増えていくことでしょう。
<ビジネスにおけるサンプリングの留意点>
・企業の境界を再定義する
・他社の経営資源を自社の資源と同様に活用する
・新しい事業機会、シードを常に探索し続ける
・自社を補完的な機能として考える
|カットアップ2.0
サンプリングされた「部分」は切り刻まれ、加工され「なにか」と組み合わされます。
このカットアップの工程においては、驚きと意外性を持って組み合わされる必要があります。予定調和的な接合からは、新しいイノベーションが生まれることはありません。カットアップによる驚きと意外性がもたらす、ゆらぎと創造的カオスこそが、新しい社会的価値を生みだそうとする原動力となります。
物質的に飽和した社会においては、製品サービスに対する需要は、生活的必要性から生じるものではありません。未知なるものとの出会いと遭遇による喜び、新たな体験こそが求められているのです。
<ビジネスにおけるカットアップの留意点>
・異質なものを組み合わせる
・予定調和を拒否する
・不必要なものは大胆に取り除く
|リミックス2.0
リミックスは、サンプリングされカットアップされた素材を、わずかな差異を持った集合として連鎖的に反復させることによって、全く新しい事象として統合します。
繰り返される反復、複製の間に、ユーザーすらも無意識的にその内部に取り込まれ、有機的なひとつの「固まり(クラスター)」と化します。フェイスブック、ツイッター等のSNSの連鎖的なタイムラインの流れに中毒性があるのも、この繰り返される「反復」に大きな要因があります。 そして、その反復はひとつの形態にとどまることなく、徐々に変化していきます。
リミックスによって繰り返される反復を一つの新しい事象へと統合していくためには、全体像を明確に描き出すグランドデザインが欠かせません。新たなグランドデザインを実現することこそがリミックスの究極の目的だとも言えます。新たなグランドデザインは企業活動に「新しい意味づけ」を与え、「従来と異なるコンテクスト(文脈)への分岐点」となり、そしてユーザーに「新たなエクスペリエンス(経験)」を提供します。
サンプリングとカットアップが直観的であればあるほど、リミックスには全体を紡ぎあわせる繊細さが求められます。グランドデザインと繊細さが欠けているリミックスにおいては、わずかな違和感が繰り返される反復のうちに大きく広がり全体が瓦解してしまいます。そしてリミックスには繊細さと同時に即興的な素早さも必要とされます。ひとたび反復と変化が途絶えてしまえば、ユーザーが瞬く間に離れていってしまうのがアクセスの利便性のコインの裏側だといえます。
そして、リミックスされた新しいデザインは、すべて顧客が製品サービスから得た体験の満足度、つまりユーザーエクスペリエンス(UX)によって評価されます。
<ビジネスにおけるリミックスの留意点>
・グランドデザインを描く
・ユーザーエクスペリエンス(UX)を重視する
・繊細かつ即興的素早さを持って、統合する
・ルーティンにまで落とし込んで、繰り返し反復する
|外部構造の変換、内部構造の変換
企業またはビジネスに携わる個人は、外部のリソースに自由にアクセスし、外部のプレイヤー(顧客、競合、供給業者、関連企業、機関、団体など)とも相互に作用しながら、社会関係を築き、機能を獲得し、さらに外部の組織間構造を変換し、編集することによって新たなユーザーエクスペリエンスを生みだし、社会的価値を創造することが可能になります。
同時に、外部へのアクセス、外部のプレイヤーとの直接的コミュニケーションによる相互作用をより効果的に働かせるためには、自社内部の組織構造も外部構造の変換にあわせて柔軟に編集していくことによって、社会的価値の創造を支える必要があります。
トップ・マネジメントチームの最も重要な役割は、外部構造の変換サイクルと内部構造の変換サイクルの両輪の歯車を噛み合わせて、「編集=連続的な新結合」のダイナミズムをつくりだすことです。
|素材としてのクラスター
企業が外部構造に変化を加え、変換、編集していくのにあたって、その素材を与えてくれるのが「クラスター」と呼ばれる企業群です。
クラスターとは、ある特定の分野に属し、相互に関連した、企業と機関からなる地理的に近接した集団で、これらの企業と機関は、共通性や補完性によって結ばれています(ポーター,1998)。最近では、クラスターに働く社会関係の力学も含めて、ビジネス・エコシステム(生態系)と表現されることもあります。
クラスターに属している企業は、クラスター内の他の企業、機関を直接的または間接的に支援し、またそのケイパビリティ(企業の組織的遂行能力)を活用することでお互いに影響を及ぼし合っています。
クラスターという視点から経済をみると、特定地域での産業集積と企業群の分散的でオープンなつながりが、どのように異業種にまたがるネットワーク関係や社会関係資本を形成し、たえまない相互作用とイノベーションを誘発して価値創造の源泉となっているのかをとらえることができます。
クラスターの範囲をどこまでと認識し定義するのかは、産業または各種機関同士のつながりや補完性、共通性のうち、最も価値創造に貢献する要素は何かということについての理解に基づく、企業の意思決定における極めて創造的なプロセスであり、企業の経営戦略上、重要な意味を持っています。
イタリアの靴メーカーは新しいスタイルや製造技法について皮革メーカーと定期的に情報を交換し、皮革の新しい風合いや色について、企画段階から知見を得ている。また異なる皮革製品メーカー(共通のマーケティング媒体)、異なるタイプの靴メーカー(流通チャネルの重なり、投入資源の共通性、技術の類似性)との盛んな交流によって、流行のトレンドについてすばやく情報を得て、新製品の計画に役立てている。
クラスターの範囲は、垂直的なものか水平的なものか、あるいは制度的なものかを問わず、強いつながりを持った企業、産業、機関すべてを含むものになります。弱いつながり、存在しないつながりについては、除外してしまって構いませんが、一般的に認知されてる業界、産業、市場というくくりで、安易に企業群をとらえてしまうと、価値創造に強い影響を与える企業間の重要なつながりを見落としてしまいます。
企業は、自社の属するクラスターを独自の視点で再定義し、また自ら積極的にクラスターの構築、再構築を働きかけることによって、見過ごされていた価値創造の機会を得ることが可能になります。
外部構造の編集にあたって、企業はクラスターの各要素のうち、社会的価値の創出に大きな影響を及ぼすであろう要素の代入、付加、置換、削除、または併合と分割といった変換操作を行うことによって、クラスターの持つ意味そのものを変えることも可能になります。
|素材としての自社組織
企業が外部との相互作用つまり関係性に対して、より能動的に働きかけていくためには、自社組織もそれに適した形態に変わっていく必要があります。硬直的な縦割り組織では、外部構造の編集を行っていくための機動性、敏捷性に難点があります。また過度にフラットな組織では、外部構造をクラスターとしてとらえて、大きなグランドビジョンに基づいた構想を実現するには、小粒なアクションになりがちです。
縦割り型組織の最も代表的な形態はビュロクラシー(官僚制組織)です。ビュロクラシーは、かつて社会学者のマックス・ヴェーバーが、最も合理的・効率的な組織形態であると評したように、状況が安定しているときには、定型業務を効率よく大規模に行うのに優れています。
しかし、ビュロクラシーは、個人の自発性をそぐため、不確実性の高い急激に変化する状況においては、セクショナリズム(所属部門中心主義)などの様々な組織硬直的な弊害を伴い、変化に対応できないといった逆機能となるコストが生じます。
フラット型組織はビュロクラシーの弊害を克服するために、階層を排除し、成員参加型の有機的な組織構造によって迅速な戦略実行を可能とします。
一方で、フラット型組織は、組織内の各プロジェクトで生み出された知識、経験といった無形資産がほかの組織成員へと容易に伝わらず、それらを組織全体で連続的に活用することには向いていません。つまり、企業全体のゴールやビジョンを設定し達成する能力が欠けています。
ビュロクラシーの効率性とフラット型組織の柔軟性の両方を追求し統合した組織形態が、ハイパーテキスト型組織(野中・竹内,1995)です。垂直的組織と水平的組織の両方の特徴を兼ね備えたハイパーテキスト型組織は、資本主義経済と共有型経済のハイブリッド経済にふさわしい組織形態だといえるでしょう。
ハイパーテキスト型組織は、相互に結びついたレイヤーあるいはコンテクスト(文脈)、すなわちビジネス・システム、プロジェクト・チーム、知識ベースから成り立っています。
真ん中のレイヤーが「ビジネス・システム」レイヤーで、ここでは通常のルーティン業務が行われるため、ルーティンの仕事を効率よく行うために官僚制的組織構造が適しており、このレイヤーは階層的ピラミッド構造をしています。
一番上のレイヤーは、「プロジェクト・チーム」レイヤーで、ここではいくつものプロジェクト・チームが、目的に応じて知識創造活動に従事しています。チーム・メンバーは、ビジネス・システム・レイヤーの様々な部署から集められ、プロジェクトが終わるまではそのプロジェクトの専属となります。特定のプロジェクト・チームに編入されたメンバーは、必要に応じて様々なアクセス権限が与えられ、部門を横断的に、ときには階層を越えて往来し、組織の持つ知識を活用して新たな価値の創造を試みます。通常、プロジェクトには期限があります。
一番下のレイヤーが、「知識ベース」レイヤーで、上の二つのレイヤーで創られた知識、経験、技術が再分類、再構成され蓄積されています。知識ベース・レイヤーは組織ビジョン、組織文化、独自技術、データベースなどで構成され、個人で自由に組織の知にアクセスできるよう工夫されています。
ひとつの組織の中に三つのレイヤーを持つハイパーテキスト型組織は、ビジネス・システムとプロジェクト・チームで創りだされた知識が三つのレイヤー間で、循環することによって、組織内部の相互作用を促進します。さらに、ハイパーテキスト型組織は、外部からの知識を組織的に変換する能力を持って(野中・竹内,1995)います。
ハイパーテキスト型組織の最も重要な特徴は、そのメンバーが持っている文脈を変える能力、ある文脈から別の文脈へ簡単に出たり入ったりする能力(野中・竹内,1995)です。
「ハイパーテキスト」とは、ウェブページ上のテキストから文章や画像、映像などのデータなどを呼びだすコンピューター・サイエンスの仕組み。1965年8月24日、テッド・ネルソンがアメリカコンピューター学会で発表した。現在インターネット上で広く使われているWorld Wide Web(www)もハイパーテキストのひとつ。
内部構造の変換にあたっては、内外部の変換にともなって創られる知識、経験、技術をビジネス・システム・レイヤー上で行われるルーティンとして定着させ、その成果を知識ベースとなる組織ビジョン、組織文化、データベースに蓄積しながらも、プロジェクト・チームを機会に応じて柔軟に編成しアグレッシヴな行動を積極的に後押しすることによって、知識資産の創造と蓄積が可能となります。
|経済活動を再編集する
かつて封建主義から資本主義へ経済システムが移行していったように、いま資本主義経済システムが次の段階へと移行しつつあるとすれば、その移行にあわせて社会構造を編集する必要があります。
共有型経済が出現し、インターネットアクセスによって水平展開しほぼ無限といっていいほどの相互作用が可能となる社会においては、そこで発生する多様な価値観を受け入れられる社会構造を構想していく必要があるでしょう。
社会構造の編集という一大事業の中で、企業またはビジネスに携わる個人は、自社の機能と外部の組織間構造を組み換えながら、社会的課題の解決を通じて経済活動をたえまなく再編集していくこととなります。
参考文献:
『限界費用ゼロ社会 :<モノのインターネット>と共有型経済の台頭』
THE ZERO MARGINAL COST SOCIETY :THE INTERNET OF THINGS AND THE RISE OF THE SHARING ECONOMY
ジェレミー・リフキン 2015
『シミュレーショニズム :ハウスミュージックと盗用芸術』
Simulationism
椹木 野衣 1991,2001
『西太平洋の遠洋航海者』
Argonauts of the Western Pacific
ブロニスワフ・マリノフスキ 1922
『贈与論』
Essai sur le don
マルセル・モース 1925
『資本主義、社会主義、民主主義』
CAPITALISM,SOCIALISM and DEMOCRACY
ヨーゼフ A. シュンペーター 1942,1947,1950
『共通価値の戦略 :経済的価値と社会的価値を同時実現する』
Creating Shared Value
マイケル E. ポーター、マーク R. クラマー 2011
『競争戦略論Ⅱ』
ON COMPETITION
マイケル E. ポーター 1998
『知識創造企業』 The Knowledge-Creating Company 野中郁次郎、竹内弘高 1995